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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)5号 判決 1988年6月30日

控訴人

大阪開発株式会社

右代表者代表取締役

松田吉男

右訴訟代理人弁護士

友光健七

川人博

被控訴人

阿倍野税務署長井上久利

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

右指定代理人

梶山雅信

他三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人が、昭和五四年五月三〇日付でした昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分及び過小申告加算税の賦課決定処分の総てを取消す。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

二  当事者の主張

次の通り付加するほか、原判決の事実摘示と同一(但し、原判決一三枚目裏八行目の「照合」を「照応」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(当審における新たな主張とその認否)

1  控訴人

(一) 買戻権は解除権の留保であると解されている。そうであるならば、本件買戻特約付売買契約は、もつとも形式的な文言からみれば、解除権を留保した売買契約ということになり、本件土地は、当初の売買のなされた日である昭和四八年五月一八日、確定的に一旦は熊谷組に移転したと解すべきであるから、課税処分は、当該行為が含まれる昭和四九年三月期(昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの事業年度)に本来されなければならない。なぜなら、控訴人に留保されているのは、あくまで形式上は解除権に過ぎず、一旦所有権は熊谷組に確定的に移転しているからである。そして、控訴人が後日解除権を行使した場合、その時点において、あらためて、当初の売買がなかつたことになり、課税原因の消滅を理由として、当初の課税処分の変更を求めることになる。そうすると、被控訴人が、本件売買に基づく所得が昭和五一年三月期の事業年度に発生したと認定したことは誤りであつて、本件課税処分は、許されず、また、更正処分の期間制限である昭和五二年五月三〇日をも徒過している。

(二) また、本件買戻特約付売買契約を、実質的には、あくまで権利移転形式を採つた担保権であると解釈するのであれば、その所有権の確定的な移転時期についても、他の担保権における所有権移転時期の解釈をも念頭に置き、実質的に理解すべきである。この点につき、狭義の譲渡担保契約について、判例は、抽象概念においては、一応債務不履行により権利が移転するとしながら、具体的機能については、解釈上、原則として債権者の請求により確定的に権利が帰属すると解し(当然に帰属するとの主張を排し)、また、債務の精算を義務づけ、あるいは、代物弁済予約についても、狭義の代物弁済予約はもとより、停止条件付代物弁済予約についてさえ、停止条件の成就を厳格に解したり、予約完結権の行使を厳格に求めたり、また、精算義務を重視する等、所有権の確定的移転より債権回収機能にのみ限定する方向を示唆している。ところが、本件において、債権者である熊谷組は、昭和五五年ころに至るまで、控訴人の債務不履行を理由として、所有権の帰属はもとより、本件土地の引渡し、控訴人の利用に対する異議など、所有権の所在に関する意思表示を一切行つておらず、いまだ担保権の実行をしていなかつた。このことは、買戻特約の付記登記の抹消請求すら、訴訟上はもとより、訴訟外においてもしていない(したがつて、第三者に対しても担保権のままであることが公示されていた。)ことからも明らかである。また、本件土地の売買は、本来国土法の規制するものであつて、行政庁への届出、許可を受けなければならないところ、この手続きも一切されていない。これらの点からすると、本件土地は、契約時より担保権のままで推移し続けており、債権者熊谷組からの、確定的に所有権を帰属させる旨の意思表示がなされていない以上、本件土地が熊谷組に確定的に移転したことはない、と解すべきである。

(三) 被控訴人は、控訴人と全く同一の行為をした鳩タクシーについては、右行為になんらの課税処分をしていない。従つて、控訴人に対する本件課税処分は、行政の斉一性の点からみて、不当であり、課税権の濫用であるとともに、憲法二一条にも反する無効な処分である。

2  被控訴人

(一) 控訴人の主張はいずれも争う。

(二) 本件土地所有権の各確定的移転のあつた昭和五〇年五月一八日は、鳩タクシーについては、昭和五〇年九月期(昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年九月三〇日までの事業年度)に当り、被控訴人が調査を行つた時点では、既に、国税通則法七〇条の定める更正処分の期間制限である昭和五三年一二月一日を徒過していたために、課税処分を行うことができなかつたが、控訴人については、昭和五一年三月期(昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度)に当り、更正処分可能期間(控訴人においては昭和五四年五月三一日)内であつたために、課税処分したものである。控訴人と鳩タクシーとで結果的に課税処分の有無に違いが生じたとしても、右更正処分の期間制限の結果であり、また、法人税の調査の範囲程度手段等については、すべて税務署長等の権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられていることからすると、右相違をもつて、課税権の濫用であるということはできず、憲法二一条に反するものでもない。

三  証拠<省略>

理由

一当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するものであるが、その理由は、次の通り補正するほか、原判決の理由説示の通りであるから、これを引用する。

(原判決理由説示部分の訂正)

原判決一九枚目表初行の「証人高田義正(但し、後記信用しない部分を除く。)」を「原審証人高田義正、当審証人松田喜成(但し、いずれも後記信用しない部分を除く。)」と、同五行目の「学松法人」を「学校法人」と、同二一枚目表六行目、同二二枚目表三行目、同一二行目の各「型態」を「形態」と各訂正し、同裏二行目の「甲・乙及び丙」の前に「専ら融資金一五億円の担保とすることを目的として」を付加し、同三〇枚目裏八行目の「証人高田義正の証言」を「原審証人高田義正、当審証人松田喜成の各証言」と訂正する。

(当審における控訴人の主張に対する判断)

1  控訴人は、買戻特約付売買契約が解約権を留保した売買契約であるとすると、本件土地を目的とする昭和四八年五月一八日の買戻特約付売買契約の締結によつて、本件土地の所有権が、一旦確定的に、買主である熊谷組に移転したから、右売買による所得についての課税処分は、控訴人の昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの事業年度についてされなければならないところ、被控訴人は、昭和五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの本件係争事業年度に発生した所得として課税し、しかも昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度の更正処分の期間制限である昭和五二年五月三〇日をも徒過して本件各処分をしたから、本件各処分は違法である旨主張するので検討する。法人税法は、法人に課する所得は、その事業年度の益金の額から損金の額を控除した額とし(法人税法二二条一項)、また、益金に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡、又は、役務の提供、無償による資産の譲受け、その他の取引で、資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額としている(同条二項)が、ある収益をどの事業年度に計上すべきか否かについては、特例について定めている(同法六二条ないし六四条)以外は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算することとしており(同法二二条四項)、また、一般に、不動産の譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者から他に移転するのを機会に、これを清算して、課税する趣旨のものと解すべきであり、不動産の売買においては、例えばその代金の支払が長期の割賦弁済の場合であつても、その所有権移転登記がなされ、当該不動産の所有権が確定的に買主に移転したときに、譲渡所得が発生したものと解すべきである(最高裁昭和四一年(行ツ)第一〇二号、同四七年一二月二六日第三小法廷判決、民集二六巻一〇号二〇八三頁参照)。これを本件についてみるに、控訴人と熊谷組との間の甲・乙及び丙契約は、控訴人が大分県別府市から購入していた同市所在の土地の代金約九億円の支払いに充てることを主たる目的として、熊谷組から一五億円の融資を受け、専らその担保とするために締結された契約であること、そして右各契約は、いわゆる買戻特約付売買であつて、甲契約では、控訴人が、熊谷組に対し、控訴人所有の本件土地を代金六億八〇〇〇万円で売渡し、契約時から三年間は、控訴人が代金六億八〇〇〇万円に金利等一定の金額を加算した価格で買戻すことができ、控訴人が右期間内に買戻を行わないときは当然に買戻権を喪失するものとされ、また、乙契約において、控訴人が昭和五〇年五月一七日までに熊谷組に対して、乙土地の所有権移転登記をしないときは、控訴人は熊谷組に対し、違約金として一億円を支払うとともに、甲契約に基づく本件土地の買戻権及び丙契約に基づく丙土地の買戻権を失うものとされていることは、前記認定の通りであり(原判決二二枚目表九行目から二三枚目裏八行目まで参照)、また、<証拠>によれば、控訴人は、熊谷組に対し、昭和四八年五月一九日、本件土地につき、甲契約に基づく所有権移転登記をしたことが認められる。

そうとすれば、控訴人は、甲契約により、熊谷組に対し、昭和四八年五月一八日、本件土地の所有権を担保的に移転して、翌一九日、その所有権移転登記をしたけれども、その当時、控訴人が将来買戻権を行使することにより、その所有権を全面的に回復することが当然に予定されていたのであるから、税法上は、右甲契約の締結された昭和四八年五月一八日当時において、本件土地の所有権が熊谷組に確定的に移転したのではなく、その後控訴人が右買戻権を喪失して、右買戻権の行使の方法により本件土地の所有権を回復することができなくなつた昭和五〇年五月一八日に、確定的に本件土地の所有権が熊谷組に移転したものとし、そのときの控訴人に帰属する増加益を所得として、課税すべきであると解するのが相当である。けだし、前記に認定したところからすれば、本件における前記買戻特約付売買は、経済的、実質的には、債権担保の目的で締結されたものであつて、控訴人の取得したものは、いわゆる借受金と同様の性質のものであるから、右契約により、控訴人の担税力が実質的に増加したものとは認め難いし、また、もし、控訴人が熊谷組と甲契約を締結して本件土地の所有権移転登記をしたときに、本件土地の所有権が確定的に移転したものとして課税するとすれば、その後控訴人が買戻権を行使して、本件土地の所有権を再度取得した場合には、税法上、本件土地の再度の譲渡があつたものとして、新たに不動産取得税を課するのか、或いは、さきにした課税処分は、本件土地の譲渡がなかつたことを理由にして取消すことになるのかという問題が生ずるところ、仮に本件土地の再度の譲渡があつたものとして新たに課税すべきものと解すれば、将来の回復を予定した同一の契約に基づく、担保的な所有権の移転とその回復につき、不動産の譲渡を原因とする課税と不動産取得を原因とする課税をするという二重の不利益を控訴人に負わせることになるし、一方さきの課税処分を取消すべきものと解すれば、行政庁により一旦適法になされた課税処分が一私人である控訴人の自由意思に基く任意の行為(買戻権行使)によつて取消されるという浮動的で不安定なものとなり、行政処分の公定性、実効性という特質に反することにもなつて、不合理な結果を招くことになるからである。

そうすると、控訴人の右主張は、その余の点につき検討するまでもなく、失当である。

2  次に、控訴人は、本件買戻特約付売買契約が、権利移転の形式を採つた担保権であるとするならば、譲渡担保契約等における所有権の確定的な移転時期に関する判例と同様、少なくとも債権者の請求によつて、確定的に権利が帰属するものと解すべきところ、本件においては、債権者である熊谷組は、昭和五五年ころまで、本件土地に関する所有権の帰属はもとより、本件土地の引渡し、控訴人の利用に対する異議など、所有権の所在に関する意思表示を一切行つておらず、担保権の実行をしていないから、本件土地の所有権は確定的に熊谷組に移転していない旨主張しており、本件土地を目的とする本件買戻特約付売買契約が、権利移転の形式を採つた担保権であることは前述の通りである。しかし、本件土地の買戻特約付売買契約は、いわゆる譲渡担保契約ではなく、前述のとおり、控訴人が買戻権を喪失したときに、本件土地の所有権が確定的に熊谷組に移転する契約であつたところ、控訴人は、昭和五〇年五月一七日までに乙土地の所有権を取得してこれを熊谷組に移転しなかつたことにより、本件土地の買戻権を喪失したものというべきであるから、右昭和五〇年五月一七日限り、本件土地の所有権は確定的に熊谷組に移転したものというべきである。

そうすると、控訴人の主張も失当である。

なお、控訴人は、原審以来、甲、乙及び丙契約は、淀川共同事業の共同企業体協定書(本件協定)締結の交換条件として締結されたものであること、一五億円の借入金とその担保の対象となる本件土地、乙土地、丙土地とが全く照応せず、控訴人と鳩タクシーの各所有土地についても、一方は市街化調整区域内の雑種地であり、他方は宅地であるにも拘らず、貸付額は双方とも全く同額であること、熊谷組は、控訴人が取得していない土地についてまで、これを担保として融資をしていること、控訴人の受けとつた一五億円は、淀川共同企業体の利益配分の前渡金の性質をもつていること等、原判決事実摘示「五 原告の反論1の(一)」に記載の諸事情をあげ、甲、乙及び丙契約は、通常の担保契約ではなく、本件協定に付随した変則的担保契約であると主張している。しかしながら、本件協定と甲、乙及び丙契約が締結された経過は、前記認定の通りであつて(原判決一九枚目表四行目から二三枚目裏八行目までの部分)、控訴人と熊谷組との間で本件協定についての協議がなされている過程のなかで、控訴人が大分県別府市から購入した土地代金約八億の支払資金の捻出に苦慮し、熊谷組にその融資を求めた結果、熊谷組は、本件土地、乙地及び丙地につき、甲、乙及び丙契約による買戻特約付売買契約を締結し、右売買代金名下に合計一五億円を控訴人に交付して融資をしたものであること、(ちなみに<証拠>によれば、控訴人が大分県別府市から土地を買受ける契約を締結したのは昭和四七年一二月一二日頃のことであり、控訴人が熊谷組に対し、一五億円の融資の申入れをしたのは、昭和四八年一月頃であることが認められる)、(2) <証拠>によれば、本件協定と、甲、乙及び丙契約は、それぞれ別個に、各契約内容を詳細に記載した契約書を作成して締結されており、かつ、右各契約書には、甲、乙及び丙契約は、本件協定の締結と交換的に締結されるものであり、かつ、本件協定に付随して締結されるものであることを認め得るような記載は何らないことが認められること、(3) また右甲第一ないし第三号証によれば、「(イ) 控訴人は、熊谷組に対し、本件土地を代金六億八〇〇〇万円で、乙土地を代金七〇〇〇万円で、丙土地を代金七億五〇〇〇万円で、それぞれ売渡す、(ロ) 控訴人は、三年の間に所定の金額を支払つて、これを買戻すことができるか、昭和五〇年五月一七日までに、熊谷組に対して乙土地の所有権移転登記をしないときは、右買戻権を失う、」旨のことが明記されていることが認められること、(4) そして、右甲第一ないし第三号証の各契約書に明記されている買戻権の行使及びその喪失に関する契約が、形式的なものであつて、当事者間を拘束する効力を有するものではないとか、控訴人の受けとる一五億円が、淀川共同事業による利益金の前払であるとの旨のことを記載した覚書やその他の契約書が作成されていることを認め得る証拠は全くないこと、等以上(1)ないし(4)の諸事実に、<証拠>に照らして考えると、熊谷組が、控訴人において本件協定の締結に承諾することを前提として、一五億円の融資をきめ、その担保として、甲、乙及び丙の各契約を締結したからといつて、右甲、乙及び丙契約が本件協定の締結と交換的に締結されたものであつて、本件協定に付随する契約であるとは到底認め難いし、また、控訴人の受けとつた一五億円が淀川共同事業から生ずる利益金の前払いの性質を有するものとも認め難く、その他控訴人主張の事実があるからといつて、甲、乙及び丙契約が、控訴人主張のような変則的担保契約とは到底認めることができず、却つて、前記認定の如く、右甲、乙及び丙契約は、一五億円の融資の担保として締結された買戻特約付売買契約であつて、控訴人が甲契約による買戻権を失つたときに、本件土地の所有権が確定的に熊谷組に移転する契約であつたと認めるのが相当である。よつて、右控訴人の主張も採用できない。

3  さらに、控訴人は、控訴人と同一の行為をした鳩タクシーの行為につき、被控訴人がなんらの課税処分をしていないとし、これを理由に、被控訴人のした本件各処分は、行政の斉一性の点から不当であつて、課税権の濫用であるとともに、憲法二一条にも反する無効な処分である旨主張するので検討するに、鳩タクシーが丙土地を控訴人と同時に熊谷組に甲契約同様の条件で売買した(丙契約)ことは、前記認定の通りであり、鳩タクシーの右処分行為に対し、なんらの課税処分がなかつたことは、弁論の全趣旨から明らかである。しかしながら、控訴人所有の甲土地と鳩タクシー所有の丙土地が熊谷組に確定的に移転した日である昭和五〇年四月一八日は、控訴人においては、昭和五〇年四月一日から昭和五一年三月三一日までの事業年度に当たるのに対し、一方、鳩タクシーにおいては、昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年九月三〇日までの事業年度に当たること、被控訴人が控訴人及び鳩タクシーの右各売買行為による所得の調査を行つた時点が、鳩タクシーにおいては、既に国税通則法七〇条の定める更正処分の期間制限を徒過していたこと、等の諸事実が弁論の全趣旨により認められるところ、右事実関係及び弁論の全趣旨からすると、控訴人と鳩タクシーとで課税処分の有無の違いが生じたのは、右更正処分の期間制限の結果であると認めるのが相当であるから、これをもつて、本件各処分が不当であるとか、また、課税権の濫用であるといえないことはいうまでもなく、ましてや、憲法二一条に反する無効な処分であるといえないことは明らかである。

そうすると、この点に関する控訴人の主張も失当である。

二以上の通りであつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行訴法七条、民訴法九五条、八九条に従い、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官髙橋史朗 裁判官横山秀憲)

《参考・原判決理由》

一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二 被告の主張1および2の(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

三 原告は、本件の甲、乙及び丙契約は、実質的には担保契約であり、買戻期間や買戻権喪失に関する条項は当事者間では拘束力を生じない趣旨のものであつたにもかかわらず、本件処分は、右条項を形式的に適用した結果、本件土地についての買戻期間経過により、その代金六億八〇〇〇万が確定的に原告に帰属した旨誤つて認定し、それにより原告の所得金額を過大に認定した旨主張するので、まず、甲・乙及び両契約の性格について検討する。

1 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 鳩タクシーの代表取締役の松田吉男は、昭和四二年一〇月ころ、学校法人南九州学園の建設工事を請負つた東洋綿花株式会社(以下「トーメン」という。)との間で、今後、松田吉男が関係する会社にトーメンが事業協力することを条件に、当時倒産状態にあつた同学園の再建に協力することに合意し、同年一二月二九日、その再建のための必要資金としてトーメンから一〇億円を借入れ、右債務の担保の一部として、トーメンに対し、鳩タクシー所有の大阪市東淀川区東淡路町一丁目所在の土地約一万坪(東淀川の土地)を期間三年の買戻特約付で譲渡したが、その債務を完済できないまま、三年間の買戻期間が経過してしまつた。トーメンは、融資の際のいきさつを考慮して、鳩タクシーに対し、買戻権の存続は認めつつも、早期の決済を要望していた。

(二) 鳩タクシーは、前記東淀川の土地の買戻資金を調達する必要に迫られ、昭和四六年一一月二〇日、熊谷組との間で、鳩タクシーが熊谷組から右買戻資金一五億円の融資を受け、その担保として提供するため、鳩タクシーが買戻す東淀川区東淡路町一丁目所在の土地を同所四四番二及び三の七〇〇〇坪(以下「A土地」という。)と同所四四番一の二九〇〇坪強(以下「B土地」という。)とに分け、A土地を代金一三億円で、さらに鳩タクシー所有の大阪市西区阿波座の土地約二三〇坪を代金二億円で、それぞれ熊谷組に期間三年の買戻特約付で譲渡し、かつ、鳩タクシーがトーメンから買戻すB土地上には、鳩タクシーの行つていた不動産取引部門を独立して営ませるために同年七月に設立された原告が施主となつて熊谷組にボーリング場を中心とした総合レジャーセンターの建設工事を請負わせ、昭和四七年九月までに着工することとして、右請負契約締結及び着工時期の定めに違反した場合には右両土地の買戻権を失う旨の契約を締結し、右契約に基づいて熊谷組から一五億円の融資を得た。そして、A土地については、トーメンから熊谷組に対し、直接、所有権移転登記がなされたが、B土地については、原告とトーメンとの約定により、二年以内に買戻代金を決済したときに、トーメンから原告への所有権移転登記がなされることとされていた。

(三) 原告は、昭和四七年一月ころから、熊谷組との間で前記レジャーセンターの建設計画の具体化を進めてきたが、折からのボーリング熱の沈静化、それにともなうボーリング業界の不況のため、熊谷組との協議の結果、同年九月、当初のレジャーセンター建設計画を中止するが、その代りにあらたにA、B両土地上にまたがる四棟の高層マンション建設計画を推進することとした。

(四) その後の原告・熊谷組間の交渉過程で、熊谷組は、レジャーセンターの建設計画の中止により、原告のA土地等の買戻権が消滅したとの判断を前提に、熊谷組がA土地を、原告がB土地をそれぞれ出資して両者で共同企業体を形成し、右共同企業体が熊谷組に対しマンションの設計、施工を請負わせ、完成したマンションを共同企業体が分譲、販売し、収益を両者が平等に分配するという共同事業の形態によるA・B土地の開発計画を提案したが、これに対し、原告は、レジャーセンター建設計画がマンション建設計画に変更されたにすぎず、いまだ原告のA土地等の買戻権は消滅していないとの認識に立つたうえ、熊谷組が提案する計画案は一方的に熊谷組に有利な内容であると判断してこれに反撥し、原告が施主、熊谷組が施工業者としての立場を堅持したままのマンション建設を進めるべく、熊谷組には内密に、昭和四八年一月ころから、別途、西武都市開発株式会社とも右マンション分譲の共同事業推進の交渉を重ね、同年三月八日には、同社とその分譲事業の基本的事項につき合意に達した。

(五) ところが、原告は、従前大分県別府市から購入していた同市所在の土地の代金約八億円の支払期日が昭和四八年五月一日となつていたところから、右代金の決済資金の捻出に苦慮し、同年四月ごろ、熊谷組にその融資を求めたところ、熊谷組は、右融資は、前記マンションの共同事業とは無関係であるとして、一旦は、これを断わつたものの、その後、原告の側から、場合によつては、前記マンションの分譲事業を西武都市開発株式会社と提携して推進する旨の申入れがなされ、熊谷組としても、今さら右事業計画を変更するわけにはいかない段階になつていたことから、結局、前記のような熊谷組の共同事業形態による開発計画案を原告が承諾することを前提に、本件土地等を担保として、右融資に応ずることを決め、原告も、熊谷組提案の前記開発計画案の内容には、不満を抱いていたものの、前記土地代金決済資金の融資を受ける必要上、熊谷組の右要求を承諾せざるを得ない立場にあつた。

(六) そこで、原告及び鳩タクシーは、前記別府市の土地代金支払のために振出していた小切手の決済期限の昭和四八年五月一八日、熊谷組との間で、前記共同事業形態による開発計画の約定が規定された淀川分譲マンション共同事業に関する協定書(甲第三五号証、以下右協定を「本件協定」という。)に調印し、また同日、熊谷組との間で、専ら融資金一五億円の担保とすることを目的として甲・乙及び丙の買戻特約付不動産売買契約あるいは不動産売買予約契約を締結して、熊谷組から融資金一五億円を受領した(甲・乙及び丙契約締結の事実は、当事者間に争いがない。)。右甲・乙及び丙契約の内容の詳細及び各対象不動産の状況は、以下のとおりである。

(1) 甲契約は、原告が、熊谷組に対して、原告所有の本件土地を代金六億八〇〇〇万円で売渡し、契約時から三年間は、原告が、代金六億八〇〇〇万円に金利等一定の金額を加算した価格で買戻すことができ、原告が右期間内に買戻を行わないときは当然に買戻権を喪失するというものである。なお、本件土地は、市街化調整区域内にある雑種地で、大部分が傾斜地である。

(2) 乙契約は、原告が第三者からその所有の乙土地を、買収して熊谷組に代金七〇〇〇万円で売渡すことを約し、昭和五〇年五月一七日までに熊谷組に対して乙土地の所有権移転登記を行う、昭和五一年五月一七日までは、原告が、代金七〇〇〇万円に金利等一定の金額を加算した価格で買戻すことができるが、原告が昭和五〇年五月一七日までに熊谷組に対して乙土地の所有権移転登記をしないときは、原告は熊谷組に対し違約金として一億円を支払うとともに、本件土地および丙土地の買戻権を失うというものである。なお、乙土地は、本件土地に隣接し、泉北ニュータウンの外周道路にも接しているので、原告は、本件土地や丙土地の開発に際しては乙土地との一括開発がより有益であると考え、これを買収する計画を進めていた。

(3) 丙契約は、鳩タクシーが熊谷組に対して鳩タクシー所有の丙土地を甲契約と同趣旨の買戻特約付で代金七億五〇〇〇万円で売渡すというものである。なお、丙土地は、本件土地に隣接する宅地である。

(七) 本件協定は、熊谷組がA土地を、原告がB土地をそれぞれ出資して両者で「淀川分譲マンション共同企業体」という共同企業体(以下、単に「共同企業体」という。)を形成し、熊谷組が、右企業体を代表し、企業体の必要資金をすべて立替える一方、建築工事を請負うこと、損益配分は二分の一ずつとすること、その他建築工事費の物価の変動によるスライド制、清算の順序、販売に関する定め等を内容とするものであるところ、その後、マンション建築工事は順調に進んだが、折からのオイルショックによる建築資材の高騰にともない、熊谷組は、本件協定に基づき、共同企業体に対し、昭和四九年二月二五日、第一期の工事分として二一億円の、同年八月三〇日には第二、第三期の工事分としてさらに三〇億円の工事代金の増額を要求したため、建築請負工事代金は、当初の計画の一五一億八〇〇〇万円から二〇二億八〇〇〇万円に跳ね上がつた。建築工事代金の高騰は共同企業体、したがつて、原告の収益の減少をもたらす関係にあることに加え、本件協定では、マンション分譲による収入から支払に充てられる順序として、建築工事代金が、土地売買代金やその他の費用よりも先順位に定められていたこともあつて、原告は、熊谷組の右工事代金増額要求やその根拠となつている本件協定内容には強い不満を持つていた。

(八) その後、マンションの建築完成にともなつて、共同企業体は、昭和四九年一一月には第一期工事分、昭和五〇年三月には第二期工事分をそれぞれ分譲、販売を開始するに至つたが、その間、熊谷組が、本件協定に基づいて、共同企業体の代表として主体的に行動し、住友信託銀行と販売業務委託契約を締結し、販売価格、時期、方法等についても主導的立場で次々と決定、実行していつたため、原告は、熊谷組が、原告をないがしろにし、共同企業体(ひいては原告)の利益をはかることよりも、むしろ、自己の請負人、事業資金の立替者、貸主としての利益を優先しているのではないかと熊谷組に対する不信感を一層募らせるに至つた。そのため、原告は、熊谷組に対し、第一期工事分の分譲、販売開始日である昭和四九年一一月二三日までに、B土地につき、共同企業体の代表である熊谷組に対する所有権移転登記手続をなす約束を交わしていたにもかかわらず、これを履行しないでいた。

(九) 他方、熊谷組は、共同企業体の代表者として、住友信託銀行は販売委託業者として、新聞等にも広告を出し、広くマンションの購入者を求めた結果、第一、第二期分につき即日完売したものの、登記簿上敷地の一部であるB土地がトーメンの所有名義のままであつたため、マンション購入者に対し、敷地の共有持分権の移転登記手続が行えず、そのため、金融機関からの住宅購入資金の融資に際し必要となる右持分権に対する抵当権設定登記もなしえず、ローン等の融資手続も行えない事態となり、購入者から苦情が相次ぎ、契約申込撤回者まで出現したことから、熊谷組や住友信託銀行にとつて、企業信用上からも重大な事態に陥つたため、両者は再三にわたつて、原告に対し、B土地につき熊谷組への所有権移転登記手続の履行を求めていた。

(一〇) これに対し、原告は、トーメンからB土地の権利証(不動産登記済証)を返還してもらうためにはさらに買戻資金が必要であるとして、熊谷組に対し、二、三〇億円の融資を申込んだが、熊谷組は、これを断つた。原告は、昭和五〇年八月一二日にトーメンからB土地の権利証等所有権移転登記に必要な書類の引渡を受けていたのに、その後、弘容信用組合に対し、五億円の融資を申込んだ際、その資金使途の説明資料としてこれらの書類を預けたため、熊谷組からの再三の登記義務履行の要請にも応じようとしなかつた。そのため、熊谷組は、同年九月三日、住友信託銀行から、同月三〇日までにB土地の所有権移転登記ができない場合には、販売業務委託契約を解約するので、以後は対外的な一切の責任を熊谷組の方で負担してほしいとの通告を受けるに至つた。

(一一) 原告の代表取締役副社長の米田安之亮は、昭和五〇年九月三日ころ、熊谷組大阪支店営業課長でB土地の登記について交渉に当つていた牧野英隆に対し、B土地の権利証と引換えに、本件協定の内容を、共同企業体を解消して原告を施主、熊谷組を単なる請負業者とするように改めたいとの申入をし、同月二三日にはその契約内容を記載した案文を渡したが、牧野は、これを拒否した。原告の代表取締役社長の松田吉男は、同月二六日、B土地についての登記書類の引渡を求めて自宅へきていた牧野に対し、共同企業体を解消するほか、甲・乙及び丙契約をも合意解除して契約時に遡つて失効させること、原告が熊谷組に対して、請負代金や東淀川、阿波座の土地および本件土地等の買戻代金などを含め二五〇億円を支払うことによつて、原告と鳩タクシー及び熊谷組間の一切の債権債務関係を清算すること、なおマンションの販売方法も最終的には原告の方針に従うこと等を主たる内容とする覚書の案文を交付し、これに調印することを求め、右覚書の内容が、従来からの原告及び鳩タクシーと熊谷組間の契約関係を根底から覆すもので、マンション分譲の共同事業と直接関係のない甲・乙及び丙契約まで解除するなど熊谷組に極めて不利な内容であるとして、調印拒否の態度をとりつづけていた牧野に対し、右覚書は、単に、原告が融資を申込んでいる弘容信用組合に対して原告の信用力を示すために呈示する必要上作成する書面にすぎないもので、原告から熊谷組にその趣旨である旨の念書を差入れてもよい、と述べてさらにその調印を求めた。そこで牧野は、熊谷組の社内で検討し、松尾利雄弁護士の助言をも得て、原告から右覚書が単に、金融機関に対する呈示用のものにすぎず、他の目的には使用しない旨の念書の交付を受けるのと引換えに覚書調印に応ずる、との態度を決め、同月三〇日午後七時半ころ、熊谷組としての記名押印済の本件覚書(甲第四号証)を松田の自宅に持参し、松田に対し、約束の念書をもらいたい旨要求したが、松田から念書を作成しておくから原告会社で覚書と引換えにB土地の登記関係書類を受取つてくるようにと言われて、同日午後八時半ころ、原告会社で米田から、本件覚書を渡すのと引換えに、右登記書類の交付を受けた。そのあと、牧野は、再び松田の自宅に赴いて念書を要求したが、結局その作成交付を得られなかつた。

(一二) その間、原告は、昭和五〇年五月一七日までに、熊谷組に対して、乙契約に基づく乙土地の所有権移転登記手続をなす義務を履行できなかつた(このことは当事者間に争いがない。)が、熊谷組からは、右債務不履行を理由とする違約金の請求や本件土地、丙土地の引渡を求めるなどの行動はなされなかつた。なお、熊谷組では、前記甲・乙及び丙契約締結後、本件土地及び丙土地を、経理上熊谷組の所有する資産として計上していたが、本件土地が市街化調整区域でもあることから、具体的な開発計画を立てないまま放置していたものであり、その間、原告の関連会社である興洋建設株式会社が、本件土地で、土砂の埋め立てなどを行つていたのに対しても、昭和五五年ころまでは特に異議を申立てていなかつた。

(一三) ところが、その後、本件マンションの第三期及び第四期分譲の販売価格をめぐり、原告・熊谷組間で紛争が生じ、原告は、本件覚書が有効であるにもかかわらず、熊谷組が原告の意向を無視し、独断で右販売価格を決定し、分譲しようとしているとして、昭和五二年、大阪地方裁判所に対し、熊谷組と住友信託銀行を相手方として、そのマンション販売行為の差止めを求める不動産仮処分申請をしたが、右仮処分決定において、本件覚書による合意は通謀虚偽表示で無効であると認定されて右申請を却下され、これに対する抗告も棄却された。

(一四) しかし、原告は、本件覚書が有効であると主張して、昭和五五年三月、大阪地方裁判所に対し、熊谷組を被告として、本件土地と丙土地につき、甲及び丙契約に基づいてなされた所有権移転登記の各抹消登記手続を求める訴を提起した。これ以後、逆に、熊谷組から、原告や鳩タクシー等を相手方として本件土地等につき、執行官保管や、熊谷組の占有、使用を許す旨の仮処分申請がなされるなど、原告及び鳩タクシーと熊谷組間の紛争が続いたが、裁判所の勧告もあり、原告及び鳩タクシーと熊谷組は、裁判上及び裁判外で話合を重ねた結果、①淀川共同事業における共同企業体を解散し、以後は熊谷組の単独事業とすること、②本件土地(及び丙土地)の所有名義を原告に移転すること、③右共同企業体解散に伴う清算並びに諸紛争の解決のため、熊谷組が原告に対し、解決金として一〇億四五〇〇万円を支払うことを骨子とする条件により原告及び鳩タクシーと熊谷組間の紛争を一切終結させる旨の合意に達し、昭和五七年一二月二八日、その旨の裁判上の和解が成立した。なお右和解条項では、右②の点につき、当事者間で、甲及び丙契約に基づく、本件土地及び丙土地の買戻権が、原告及び鳩タクシーに存することを確認のうえ、鳩タクシーから丙土地の買戻権を承継した原告が、右両土地につき買戻の意思表示を行い、右各契約に基づく買戻費用から、公租公課・金利等を差引いた一四億三〇〇〇万円を買戻価格として右各土地を買戻すこととし、右一四億三〇〇〇万円と、乙契約に基づき原告が受領した七〇〇〇万円との合計一五億円を原告が熊谷組に支払う一方、熊谷組は、原告に対し、解決金一三億三六〇〇万円及びB土地の売買代金一二億九〇〇万円の合計二五億四五〇〇万円を支払うものとし、両債権を相殺のうえ、最終的に一〇億四五〇〇万円を、熊谷組から原告に交付することとされている。右和解条項で、本件土地及び丙土地について、買戻権の存続を確認し、その行使により所有権が移転するという形がとられたのは、原告が当時、本件各処分の取消を求めて国税不服審判所に審査請求中であつたため、公認会計士、税理士等とも相談のうえ、もつぱら税金対策上の考慮から、右のような形の和解を強く希望し、熊谷組も本件和解の骨子として熊谷組の負担すべきものは本件土地と丙土地及び一〇億四五〇〇万円であると理解していたので、右内容に変化がなければその負担提供の法形式については、和解成立を第一義的に優先させ、原告の希望を容れて差支えはないとの態度でこれに同意したためである。

以上の事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右の事実によれば、甲・乙及び丙契約は、原告及び鳩タクシーが熊谷組から借入れる一五億円の債務を担保するため、本件土地と乙及び丙土地を熊谷組に提供する目的で締結された契約であることが認められるけれども、担保提供の法形式として、買戻特約付売買契約を選択し、乙契約においてその不履行を甲、丙契約における買戻権の喪失事由と定めてその趣旨を明記した契約書を作成したのであるから、当事者間で、作成された右契約書中買戻権の喪失を定める規定だけを特に拘束力がないものとする旨の合意をしていたとは到底認められない。

原告は、甲・乙及び丙契約は本件協定に従属するもので、一五億円は淀川共同事業での利益で清算することが予定されていたので、当事者間では買戻権喪失の定めの形式的適用は念頭になかつた旨主張する。

しかし、前記1の認定事実によると、甲・乙及び丙契約は、本件協定と同一日に締結されたものではあるが、原告及び鳩タクシーが甲・乙及び丙契約を締結した目的は、主として別府市への土地代金決済資金調達にあつて、右各契約は淀川共同事業の推進と直接的な関連はなかつたものと認められ、また、原告が主張するような一五億円の清算に関する定めが文書化された事実もないのであるから、原告の右主張を認めることはできない。

3 以上の次第で、原告の本件土地の買戻権は、乙契約の買戻権喪失の定めにより、原告が昭和五〇年五月一七日までに乙土地の所有権を取得し熊谷組に移転することができなかつた結果、消滅し、同年五月一八日、本件土地の所有権は、熊谷組に確定的に移転したといわざるを得ず、それにともない、原告は、本件土地の売買代金名下に受領した六億八〇〇〇万円の返還を確定的に免れることになつたというべきである。

4 原告は、昭和五〇年九月三〇日、熊谷組との間で作成した本件覚書によつて、甲・乙及び丙契約を解除する旨合意したから、本件土地は、一度も確定的に熊谷組の所有に帰属したことはない旨主張する。

しかし、前記1で認定した事実によると、本件覚書は、原告と熊谷組との共同企業体形態によつてマンション建設、分譲事業が相当進行し、販売が進められていた段階において、原告及び鳩タクシーと熊谷組との従来の契約関係を根底から覆し、かつ、右共同事業と直接の関連のない甲・乙及び丙契約まで解除してしまうという熊谷組にとつては極めて不利で到底承服し難い内容であつたが、原告の代表者松田吉男が、熊谷組の担当者牧野英隆に対して、本件覚書は弘容信用組合に原告の信用力を示すため呈示するだけの目的で作るもので、それ以外の目的には使用しない、その旨の念書も原告から熊谷組に差入れると明言・確約したので、牧野も、右覚書の内容が法的拘束力をもたない対金融機関呈示用の形式的文書にすぎないとの右前提の下にこれに熊谷組の記名押印をなすに至つたものであることが認められるから、本件覚書による甲・乙及び丙契約解除の合意は、原告、熊谷組の通謀による虚偽の意思表示によるものと認めるのが相当である。したがつて、右解除の合意は、その効力を生じないものといわなければならない。のみならず、前記認定の事実関係からすれば、右覚書作成後も、熊谷組はその効力を否定して覚書の内容を実行しなかつたし、原告も甲・乙及び丙契約に基づき、売買代金名下に融資を受けた金員を、熊谷組に返還しないまま推移し、昭和五七年一二月、今度は、甲・乙及び丙契約に基づく買戻権が引続き存続することを前提とした本件和解をするに至つているのであり、結局、右合意解除は、本件係争事業年度中はもちろん、その後も何ら原状回復の現実の履行がなされなかつたのであるから、本件では、右解除の意思表示も、既に確定した原告と熊谷組との本件土地の譲渡とその対価の取得についての法律関係には何らの影響をも及ぼさなかつたというべきであり、いずれにせよ、本件係争事業年度に、原告に、本件土地の譲渡による所得が確定したとの前記認定が、本件覚書による合意によつて左右されるものではない。

5 また、原告は、本件和解により、甲契約に基づく本件土地の買戻権が存続していることが確認され、右買戻権を行使した結果、本件土地の所有権は原告に復帰しているのであるから、本件土地の所有権が熊谷組に確定的に移転したことはない旨主張するが、前記1の認定事実によれば、本件和解において原告主張の条項が定められたのは、原告からの税金対策上の考慮による希望を、和解成立による紛争の解決を第一義的に考えていた熊谷組が、本件土地と丙土地の登記名義の移転と一〇億四五〇〇万円の支払という和解内容の骨子に変更がなければ、その形式については原告の希望を尊重することとした結果によることが明らかであつて、右事実をもつて、甲・乙及丙契約が、原告主張のような変則的担保契約であり、買戻権が、約定の期間経過後も、有効に存続していた証左とみることができないことはいうまでもない。また、本件和解は、昭和五七年一二月二八日に至つて成立したものであるから、これにより、既に確定した本件係争事業年度における本件土地の譲渡利益に関する課税関係に何らの影響をも及ぼすものではないというべきである。

四 右三に述べたところからすれば、原告は、本件係争事業年度中に、本件土地についての買戻権喪失により、その譲渡代金六億八〇〇〇万円の返還を確定的に免れ、同金額の土地譲渡収益を得たというべきである。

また、<証拠>を総合すれば、本件土地の譲渡収益から差引かれるべき本件土地の譲渡原価は一億七六〇〇万円であり、その譲渡経費は六一五九万九九九八円であること、また原告の本件係争事業年度の益金から差引かれるべき共同事業に係る損失金計上漏れ額は一一一四万六三二七円であり、未納事業税の計上漏れ額は三一万二〇〇〇円であること、さらに原告の法人税計算上控除すべき所得税額は一一〇〇万六〇〇五円であり、控除できなかつた所得税額及び欠損金の繰戻しによる還付請求金額はいずれも〇円であり、既に還付した本税額は一五〇八万一八二円であること、なお翌期に繰り越す欠損金額は〇円であることが認められ、右認定を左右できる証拠は存しない。

五 よつて、被告の本件各処分は適法であつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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